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【041006】 マーク・マーフィーの“Bop For Miles”と“Giants Of Jazz”は新しいアルバムではない。 1990年、1999年の録音と、もう一枚の方は、録音の記録が無いので不明。新しいとか古い というのは、どうでもいい事なんだなと改めて感じた。要するにワン・アンド・オンリー、 こういう風に歌う人が他にいない、というのが肝心要なのだなと。のっけからいい感じで、 大体アルバムというモノは、最初の一曲でアタリかハズレかが分かってしまう、というのが 散々色々なレコードを聴いて来た挙げ句の果ての正直な感想だ──これは例えば、展覧会を 観に行った時、会場に入った瞬間にその展覧会が面白いか詰まらないかがパッと分かるのと 似ている、と言うより多分、同じ事だろう。 音にしても、画面にしても、それに初めて触れた瞬間というのは、単に目や耳だけではな く、多分身体全体で一気に感じ取っているのだ。もっと極端な言い方をすると、世界と自分 を区切っている、全身のヒフ──表面、境界、エッジ、辺縁というその個人自身の最先端、 わたくしが世界に直に触れている一番最初の場所──の全てで、ビリビリと感応している。 第一印象が、後になって変わるという事は、だから滅多には無い事だ。よっぽどの例外を除 いて──何しろ、あれこれ思いめぐらしてみても、その例外がすぐには思いつかない、思い 出せないぐらいに。『表面(ヒフ)が一番、奥深い(場所の状態を端的に現す)』というの は核心を突いているコトバだと思う。 で、2曲目以降、お馴染みの『Summertime』『Autumn Leaves』と続くのだが「えっ、 これがあの曲?」と一瞬耳を疑うほどの違う雰囲気。特に、エラ・フィッツジェラルド、ア ル・ジャロウ、デューク・エリントン、ジョン・コルトレーン(まだまだ、少ないなあ)で 聴いて来た『Summertime』は、この曲のイメージをまるっきりガラッと変えてしまってく れちゃっている──ちょっとボー然。でも、何度も聴き込んでいくと、馴染んでクセになる かも知れないなあ(笑)──『Autumn Leaves』はこれがまた、ビックリしちゃうぐらい のとんでもないスピードでびゅんびゅん飛ばして、滅茶滅茶快調であります。この原曲はそ れほど好きではない自分でも(シャンソン自体が、あのモショモショうざったい、音として 耳障りなフランス語ってヤツが、どうしても耐えられないのです)ここまで調子がいいと 「あ、結構いい曲じゃん」となってしまう訳なのだ。そう言えばこの人は、たいていの人が ゆっくり歌う『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』等も、恐るべきスピードでぶっ飛ばして歌っ たりするのであった──この場合は、あまりにも速くて曲を味わう余裕も無いほどの目まぐ るしさだったんだけど……。 しかし、この歌や演奏のスピードというのは不思議なもので、その速さがとにかく聴く者 にひたすら快感と驚異の感覚を与えてくれ、音楽を聴くという事そのものの快楽を、存分に たっぷり堪能させてくれる場合はもちろん非常に多いのだけれど、たまーに、実に変な印象 を抱かせる時もあったりする。テクニックとしての超絶技巧では全然なく、どう聴いても、 ヤケに歌い急いでいる、雑に端折っちゃってる、如何にもかったるいからこの曲をとっとと 終わらせたいと、ヒドい手抜きで歌ってるとしか思えないような(笑)場面に遭遇した時は、 もう笑っちゃうしかない(誰とは言わないが一応お気に入りの歌手なので、評価が極めて甘 いのだ)──これはこれで笑えると。コミック・ソングでも聴いてるつもりになって。それ にしても、めくるめくスピードという点では同じでありながら、このあからさまな程の違い は一体どこから来るのでしょう……? 話は戻って、3曲目以降もわたくしにはお馴染みの曲が続いて行くのだけれど、ライブ盤 なので、もう自由奔放にやりたい放題の歌いっぷりで、まるっきり違う曲を聴いてるような ものなので、お得な感じですらある──今回は、久々の大アタリ!──暫くは、しつこく何 度も聴き続けられそうな気分。 マーク・マーフィー自身の文章の中に、『マイルス・ディヴィスはジャズ界のピカソであ る』とあり、マーク・マーフィーの事を有名なジャズ評論家(?)は『マーク・マーフィー はボビー・フィッシャーがチェスをするようにジャズを歌う』と書いているようだ。ところ で、このボビー・フィッシャーは曾てチェスの天才と呼ばれながら、何十年も前に、ある日 突然失踪してずうっと日本に潜伏(?)していたらしい、超変人の天才だとか。わりと最近、 日本で不法入国で逮捕されたりして、新聞にも出ていた。日本のチェス協会がこのボビー・ フィッシャーを救う会のようなものを結成して、総理大臣に送った嘆願書の中に羽生善治の 文章もあって、そこには『チェス界のモーツァルトのような存在』というフレーズがあった とか──成る程。いわゆる天才とか偉大な人物を讃える時、何故か人はみな、違うジャンル の巨人を引き合いに出して来るという訳か。確かに分かりやすい、このやり方は。しかも、 インパクトも充分──これは使えるってか(笑) わたくしは十代の学生の頃、何故か突然チェスを覚えようと思い立ち(理由は不明と言う より忘れている)何の予備知識もないままに、本屋で初心者向け(?)の本を買ったのだっ た──『ボビー・フィッシャーのチェス入門』──しかし、周りにチェスをやる相手が全く いなくて、早々に頓挫してしまったのである。本はまだある、どこかに。 |
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